空の恋人 第一章〜風の前奏曲〜
ヒダカサツヤ
風になりたい…
いや、むしろ大気に融けてしまいたい。
誰からも縛られる事なく、誰も傷つけない。
風や大気、目に見えぬ存在になれたなら…
地上界ウォルシード――それは人間とモンスターが共存する神秘の世界。
しかし、今から約50年程前、ある生物の出現で世界の均衡が崩れた。
突如現れた新生物は、モンスターを邪悪な魔物に変え、人間を襲い始めたのだ。
そして…その新生物の力に恐怖した人間達は、
いつしか彼らをこう呼ぶようになった。
人でも、魔物でもない人間型の魔物――"魔族"と…
魔の島・テンダレスを世界の中心とするならば、東に位置するバロック大陸。
ここは商業が盛んで、それ故に国を持たない。
自治都市が点在しそれぞれに機能している、唯一の繋がりは通貨がR(ルフラン)に
統一されている事だ。
「この森に入ってもう三日…そろそろ町に着けそうだな…」
(さっきから、視線を感じる。しかも、これは…殺気!)
「覚悟!!」
瞬間、その場を飛び退く!
茂みから少年とおぼしき剣士が現れ、その剣を振り下ろしたのである。
気付くのが遅ければ捉えられていた。
「随分な挨拶だな…」
「魔族め、お前の命もここまでだ!」
ビクリと震える。
「何の事だかわからないな」
「しらばっくれるな!魔族の目は金色に光るんだ!お前のマントの下に見えた
金色の光、見逃す俺じゃない!」
なおも剣を向けてくる。
その気迫に、このまま好きにさせてやろうかという考えも過ぎったが、
自分の旅の目的をかろうじて思い出し、剣を避ける。
(風よ!)
バックステップで距離を取った瞬間、念を込めた。
「なっ…!風が…!」
少年は突風に弾き飛ばされた。
「うわっ!」
後頭部を木にしこたま打ち付けて、少年は気を失った。
少年は眠りの中、夢を見た。小さな自分と、小さな少女。
「ずっと傍にいるよ。だから、泣かないで…」
(泣かないで…。――!頭が、痛い…でも、何だか気持ちが良い。ひんやりして…
柔らかくて…良い香りが…)
「―――?!」
「気が、ついたか?」
慌てて飛び退く。
(自分は何をしていた?確か、魔族を発見して…)
ふわりと風が吹き、顔を隠していたマントが翻る。
その下に見えたのは金色の髪に翡翠色の瞳。ただし、その瞳は左のみ。
右の瞳は縦に一文字に入った傷によって塞がれていた。
「お前…!」
「何を驚いている?俺が魔族じゃなかった事か?それとも、何故お前を助けたのかって
事か?」
「すまん!俺の勘違いで…」
少年は素直に謝った。
「別に…構わない。こんなのはしょっちゅうだ。魔族と間違えられたのは
初めてだがな…」
「俺は、女性に対して何ていう事を…」
「…?お前ごときが敵うわけないだろ?お前の剣は素直過ぎる…魔法を使えば簡単に
かわせるし、やり込められる」
「アンタ、魔法使いなのか?」
これまた驚きの目で見られる。今度は好奇心によって占められていたが。
「そうだ。使える魔法は限られているがな…」
「そっか…俺、ティルト=ラーフェリア。アンタは?」
「名乗る必要はない、と思うが?」
すると、ティルトは沈み込んだ。
「やっぱり、さっきの事怒ってる?」
「…リーフ。リーフ=アッシュだ。こんな事はしょっちゅうだと言っただろ?気にするな」
リーフはため息をついた。
「そ、そっか。リーフ…良い名前だな。お詫びといっちゃなんだけど…町までの案内役を
やらせてよ。何かしないと俺の気が納まらない」
「…好きにするといい」
こうして、ティルトの住むというグリンフィルドの町へと二人は向かった。
町の中は穏やかで四方を緑に囲まれた景色の良い所だった。
「あ、ティルト!おーい、みんなティルトが帰ってきたぞ!」
「ティルトおにいちゃん!」
ティルトが町に足を踏み入れると、途端に子供達が集まってきた。
「ただいま、みんな」
「ねぇ、魔族は見つかった?」
「残念ながら…今回は外れ…」
「今回も、でしょ?」
「言ったなぁ!」
笑いが起こる。リーフは目の前のティルトと、最初に感じた殺気を放った人物とは
信じられなかった。ごく普通の、ありふれた少年といった形容の方が似合う。
「ほら、お前等は広場ででも遊んでな。俺は道案内っていう使命があんの!」
散れとばかりに手をひらひらとさせる。子供達は「は〜い」と返事をしながら
しぶしぶ離れていった。
「さぁ、うるさい連中も行った事だし、宿に案内するよ」
この町に宿は1軒だけだという。
それ程大きくもないが、こざっぱりした良い感じのする店だった。
「おばさーん、客連れてきたよ」
「ああ、ティルト。また何かやらかしたのかい?」
「また?」
リーフが怪訝な表情をすると、宿の女将は何か勘付いたらしい。
「アンタ、まさかとは思うけど…魔族だって疑われたろ?」
「おばさん!」
ティルトはしまった!という表情で女将に”これ以上何も言わないでくれ”という
念を送った。
「まさか、お前…いつもあんな事やってるのか?」
「あはははは…た、たまに、だよ?」
乾いた笑いを零すティルトにリーフは大きなため息をついた。
「…謝るよ。本当に、ごめん。それじゃ、俺、もう行くから!おばさん、あとよろしく!」
爽やかな笑顔を残して、ティルトは出て行ってしまった。
「何なんだ…あの男は?」
「悪く思わないでおくれよ。少々無鉄砲な所もあるけど、根は優しい良い子なんだ」
(無鉄砲…確かに、そのようだ)
「三年前の事さえなければ、剣を持たずに神官として神に仕え、
穏やかに暮らしていただろうに…」
「えっ?」
「アンタ、『神官戦士』って職業、聞いた事あるかい?」
神官戦士…神に仕えながらも刃物を持ち、戦う事を許された神官。
「あぁ、名前くらいは聞いている」
「ティルトの父親…シオンさんはこの大陸でも指折りの神官戦士でね…
あの子は心底、父親を尊敬していた…」
「父さん、僕も父さんみたいな神官戦士になりたい!」
「ティルト…お前は剣を握らなくていい。私はお前の母親に約束しているんだ。
お前に剣の道を進ませないようにって…」
「どうして?」
「剣を持てば、誰かを傷つける。
お前の母親は、お前が他人を傷つけるのを見たくないと常々言っていた。
それでも、お前は剣を選ぶのか?」
「僕…父さんみたいに誰かを守れるようになりたいんだ。
それなのに、剣を持っちゃダメなんて…どうすればいいの?」
「剣だけが人を守る道具や力じゃない。神官だって人を守る仕事だ。
お前は神官になって傷ついた人の心と身体を癒す事で
苦しみから守ってやれば良い」
「うん…。わかった!父さんがそういうなら!」
「父さん、また仕事ですか?」
「あぁ。今回は少し長くなりそうだ…」
「大変なの?」
「大丈夫。そうならないように私が行くんだ。
必ず帰ってくるから、安心して待っているんだよ。
それから神官長様の言い付けはちゃんと聞くように!」
「はい!」
「ティルト…良く聞くんだよ。シオンが帰ってきた…」
「本当ですか?」
「あぁ…」
「何で目を逸らすのさ!神官長様!何か…父さんに何かあったんですね…?」
「彼は神官戦士の名に相応しく、立派に戦ったと聞いている。
シオンを死に至らせた魔族も、既にシオンによって瀕死にまで追い詰められていた
…分はシオンの方にあった。だが、そいつは見つけてしまった。
逃げ遅れた小さな子供を…シオンはその子供を庇って…」
「魔族…その、魔族はまだ…」
「生きているかもしれん…逃げられたそうだからな…」
「…るさない。許さない!」
「ティルト!どこへ行く!」
「俺は、父さんを殺した魔族に復讐する!
憎しみから振るう剣を神はお認めにならないでしょう…
だから、俺は神官戦士にはなれない!だけど、こうして神の前で誓う!
この血にかけて…例え修羅道に堕ちようとも俺は剣の道を選ぶ!」
「…その時に付けた十字の傷があの子の左手の甲には今も残っている。
神官という立場も、神官戦士としての道も捨てたというのに、あの子は今でも
神聖魔法を使いこなせる…それは神があの子を見捨てなかった証拠だ。
だから、あの子には剣を捨てて、元の穏やかな生活に戻ってもらいたくてね…」
宿の女将はまるでティルトの母親のような表情で心配する。
「…ところで、何故その話を俺に?」
「アンタ、少し頼まれてくれないかい?」
「この世の全てを統べる神・ウォルスよ。貴方がまだ俺を見捨てていないというのなら、
この町と、ここに住む人々を災いからお救いください…」
ギィと木の軋む音がして振り向くと、神官長が礼拝堂に入ってきた。
「ティルト、帰ってきていたのか?」
「神官長様…」
「また、森へ行ったのか?」
咎めるその言葉には警告よりも心配の色が覗く。
「止めても無駄です…俺が言っても聞かない性格なのは良くご存知でしょう?
復讐を誓い、憎しみに囚われた俺が、神官に戻るなんて…」
「神はお前を選んだのにか?」
「俺は、剣を選びました。神が俺を見捨てなかったのは、きっと俺に同情しての事です。
それだけですよ…」
泣き出しそうな表情で無理に笑みを作って見せる。
そして、振り返る事無く教会を後にした。
向かった先は、丘に続く林の中にある小さな墓だった。
「父さん…俺、間違ってるなんて、思わないから…」
ふいに風に乗って音楽が聞こえてきた。
「笛の音?どこから…?」
どこか懐かしい、聞き覚えのあるようなその旋律は優しく、どこか物悲しい、
切ない音色だった。
「あれは…リーフ?」
小さな金属製の笛を吹いていた。
おそらく、形状からすると本来は木管楽器なのだろう。
「上手だね…」
リーフからは逆光でティルトの顔がはっきりと見えていなかった。
そのせいか、記憶の片隅にいつも留め置く『彼』の姿に重なって見えた。
「ティ…――!ティルト、か…」
「どうしたの?ボーっとして…俺の顔、何かついてる?」
「いや、逆光で…」
成程…と納得するティルトはリーフの心の揺らぎを見逃した。
「何でこんなトコにいるの?てっきり、宿で休んでるのかと思ったのに…」
「…この町は物価が高い」
苦々しそうなリーフを見て、ティルトは微笑む。
「じゃあ、俺のうちに来る?部屋は余ってるから安心して…」
「いらん。教会なんて堅苦しい所で眠れるものか!野宿の方がマシだ」
「俺…うちが教会だって言ったっけ?」
首を傾げるティルトにポツリと洩らす。
「宿の女将はおしゃべりだな…」
「おばさん、俺の事しゃべったんだ…」
リーフはティルトの左の手を取った。その甲には今も十字の傷が残っている…。
「お前に、復讐は似合わない。この手は本来、血に塗れる為のものじゃないはずだ…」
「それは、おばさんの差し金?」
「それもある…」
ティルトはため息をつく。
「みんなが言うんだ。『復讐なんてよせ、お前には神官の方が向いている』って…。
でも、俺は剣を捨てない。たった一人の家族を失った悲しみを、忘れて…
生きていくなんて辛いよ。憎しみは、何も生まないと…そう、教えられた。
けど、憎しみは悲しみを抱えたまま生きる為の力になる…」
「…復讐なんて、後に残るものは何もない。それどころか、全てを失う事だってある…」
「心配、してくれるの?」
呟いて、ティルトはリーフを抱きしめた。
「なっ…何を…」
腕の中でリーフはもがいたが、やましい気持ちがない事が読み取れて
抵抗を止めた。
「復讐を遂げた後、俺に何が残るかなんて、俺にしか分からないと思うよ…」
「……。」
「ごめん…以前の俺なら、君の悲しみも癒してあげられたかもしれない。今は、こうして
温もりを伝えることしかできないけど…」
ティルトは名残惜しそうに腕を解くと、微笑んだ。
「女の子が野宿なんてよくないよ。俺の幼なじみの所に泊めてもらえるよう
頼んでみる。そこなら問題ないだろ?」
「…あぁ」
リーフはティルトの後ろ姿を見つめながら、『彼』の事を想った。
同じ空色の髪にサファイヤブルーの瞳。
彼も、ティルトのように復讐を選んだのだろうか?
案内された先は普通の民家だった。父親が戦士団のメンバーだという。
「アリシア!頼みがあんだけど!」
「何の用なの?ティルト、この人は…?」
アリシアという少女はリーフを見た。
「彼女はリーフ。森で会って、道案内してるんだけど、ほら、宿は高いらしくて…」
「泊めてあげれば良いの?」
「そういう事!俺の所に泊める訳にもいかないし…お前くらいにしか頼めないし…」
両手を合わせて拝むように頼むティルトに、アリシアは嬉しそうにため息を付く。
「しょうがないな…良いわよ。ええと…リーフさん?私はアリシア、よろしくね」
「あぁ、しばらく世話になる…」
素直に差し出された手を遠慮がちに握る。
「さぁ、あがって。大したおもてなしはできないけど…」
「じゃあ、頼んだぞ。俺は帰るから…」
「色々、助かった。さっきは余計な事を言った…お前の覚悟が俺の言葉一つで
揺らぐようなものじゃないのはよく解った…」
ティルトは去り際にポツリと洩らした。
「優しいね…君は…」
その夜、中々眠れないリーフは窓の外を見た。町の外の方が妙に明るい。
松明の炎が見える。そして――。
「長居はできないという訳か…」
出かけようとした時に、物音でアリシアが起きた。
「どうかしました?」
「町の外で何かが起きている。俺はそれを確かめてくる。もしかすると、最悪のケース
かもしれないしな…」
「危険です!こういう時に女子供が出ていっては、却って足手まといになるだけ…!」
リーフはマントを翻した。
「俺は魔法使いだ。それに、アンタみたいに心配してくれる家族は持っていない。
だから、俺なら大丈夫…」
微笑ってリーフは外へ出た。
町の外に近付くにつれ、騒ぎはより明確に伝わってくる。
爆発の音と共に現れた魔族は、飛来する魔物たちを操って戦士団員達を襲わせ、
町に侵入させようとしていた。
「ハーッハッハッハ!出て来いシオン!三年前の決着をつけようぜ!」
瞳を禍禍しい金色に輝かせた男は高らかに笑いながら戦士たちを薙ぎ倒していった。
「マズイ!一枚目の壁が突破された!」
「アイツ…シオンさんの名前を言ってたぜ。まさか奴がシオンさんを殺した…!」
そう零した戦士の目の前にスッと現れた男は、軽々と戦士の首を持ってその身体を
持ち上げた。
「シオン…奴は死んだのか?殺り損ねたと思ったからこうして来てやったのによぉ…
そいつはあんまりじゃねぇか!」
捕まえた戦士を勢いよく軽々と投げ捨てた男はニヤリと笑った。
「目的がなくなったとなれば…後は愉しむしかねぇじゃねーか!」
「目的なら作ってやるよ!」
よく透る声が響き渡る。
「俺はシオンの息子・ティルト!お前に復讐する為に剣の道を選んだ!
父に代わって相手をしてやる!」
「シオンの息子か…面白い!」
男が手を地面につけると、そこを中心に地割れが起きる!
足場が裂ける前にティルトは跳躍し、直接斬りかかった。
しかし、腕の手甲で止められてしまった。
剣を腕一本で受け止めるなど、普通の人間にできる芸当ではない。
そこに、目の前の男が魔族であるという事実をありありと見せつけられた。
「こんな甘ったれた剣じゃ、俺様は倒せないぜ…ボ・ウ・ヤ!」
もう一方の腕が引き抜かれたと思えば、重い衝撃が腹部に響いた。
吹っ飛ばされたティルトが体勢を立て直そうとしたその時、足元から地面が崩れた!
「――何っ?!」
「そのまま大地に呑まれちまいな!」
「そんな事は…――させない!」
ティルトの身体を風が包み、身体を舞いあがらせた。同時に突風が男を襲った。
「風が…」
「何だ、この突風は…?誰だ!俺様の邪魔をする奴は!」
「俺の視界に割り込んできた――お前が悪い!」
魔法の詠唱に入る。だが、相手はその隙を見逃すはずがなかった。
「たかが女に…何ができる!」
「…できるさ。お前を倒す事が!《エッジ・ブロー》!」
「何ィ?」
風の刃が襲ったのは男ではなく男の使役する魔物達であった。
――ギィアァァ!
空中で断末魔の声をあげ、バタバタと落ちる。
「これで、お前だけになった…」
「チッ…!よくも俺様の可愛いしもべどもを…ハァッ!」
男が力を込めたのは岩盤。町への侵入を防ぐ為に、奇しくも切り立った崖の間を通る
街道で戦っていたのが裏目に出た。
今、この崖を崩されれば戦士団員達は一溜まりもない。
「風よ!俺に力を貸せ!」
瞬間、リーフの右目を塞いだ傷が跡形もなく消えさり、開かれたその右目は…
「金色の瞳…貴様、魔族か!」
「そう…俺は魔族。ただし、半分だけだがな…」
「半端者という訳か…聞いたこともないが、その半端な力で
どれだけ持ちこたえられる?」
確かに、男の言う事はもっともだった。
広範囲にわたる崖崩れを風の力だけで支えるには、かなりの集中力を擁する。
「貴様はそれで精一杯でも、俺様はまだ力が使えるんでな!」
男は石飛礫をリーフに向けて放った。
「くっ…!」
「じわじわと苦しめて殺してやるよ…そら!」
「うっ…!」
今度はさっきより大きな石を飛ばしてきた。徐々に大きなものへ変えて
苦しめようというのだろう…。
「リーフ!町の連中は皆、退避させた!もう、崖を支える必要はない!」
それはティルトの声だった。リーフはそれを聞いて、風の膜を解いた。
――ズウゥゥン!
鈍い音が響き渡る。さらさらと砂が解けるように崖は崩れ落ちた。
「これなら、どうだ!」
風の膜を解いた瞬間、男は動いていた。
先程までとは比べようもない大きな岩をぶつけてきた。
「危ない!」
「――?!」
「うわぁぁぁっ!」
リーフは自分に重なるように倒れ込んだティルトを呆然と見ていた。
「どう…して?こんな攻撃、魔法や魔力を使えば防げるのに…!」
「女の子を、守るのは…男の仕事だ。力があるとか、ないとか、そんなのは関係ない…
それ以前に、考える前に動いちゃったんだから仕方ないだろ?剣を振るわなくても、
こうすれば誰かを守れる事…父さんは知ってた。だから、俺も…」
微笑みながらティルトは意識を失った。
「――っ!お前ぇぇっ、許さない!」
「なっ、何だ…この、すさまじい魔力は…!」
リーフの身体を風が包み、唸りを上げる。
男は一瞬、怯んだようにジリッと後ろに何歩か下がった。
「ちきしょう!なめるなぁぁ!」
いくつもの岩をぶつけてくるが、ことごとく風に粉砕され、砂煙で辺りが見えなくなる。
「――どこだ、どこへ行った!」
砂煙が治まったその場に、リーフの姿は消えていた。
「――ここだ、愚か者!《ファイナル・ブラスト》!」
男の頭上にリーフは舞っていた。見上げた瞬間、爆風が男を襲う。
「ぐぁぁぁぁぁっ!」
ひんやりとした感触がティルトの額にあった。
「うっ…」
「気が…ついたのか?」
「リー…フ?そうか、あの時も…ひんやりとした感触、あれはリーフの手だったんだ…」
ゆっくりと起き上がるティルト。
「空が白みがかってきた。そろそろ夜明けだね…」
「大丈夫か?」
「こういう時は神に感謝だな…《ヒーリア》」
ティルトが使ったのは神聖魔法だった。受けた傷口が塞がっていく。
「リーフは…怪我は?」
「この程度なら、必要ない…それに、神聖魔法は…」
「そう。それじゃあ、町へ帰ろうか?」
差し出した手を取らず、リーフは首を横に振った。
「もう、ここにはいられない…」
「君は俺達を守ってくれたのに…!」
「でも、俺は半分とはいえ魔族だ。不安要素を受け入れられるはずがない。
それに、もうこんな事は慣れてる…」
ティルトは引き止める術を持たない自分に悔しさを覚えた。
そして、考えながらリーフを見ると、何一つ荷物を持ってきていない事に気付いた。
「荷物、ないと困るだろ?」
「あぁ…」
「アリシアの家から取ってきてやるよ。それくらいしかできないけど…」
「十分だ」
ティルトはホッとした。
「これから先は、どうするんだ?」
「さぁ…風の趣くままに流れるさ…」
「一人で…ずっと一人で旅をするのか?これからも…」
リーフは瞳を伏せた。
「最初からどこにも属さないんだ。…苦痛じゃない」
(そんな風に強がる事が、当たり前になるくらい…
君は一人で苦しみに耐えてきたんだね?
俺なんかが計り知れない程の悲しみを背負って…)
ティルトは俯いて、なかなか顔が上げられなかった。
それでも、見上げた空に上ろうとする朝日を見て、ある決意をした。
「じゃあ、荷物を取ってくるよ…」
「あぁ」
リーフは座り込んでティルトを待っていた。膝を抱えたまま、眠りに落ちた…
「リーフ…」
戻ってきたティルトはリーフが眠っている事に気付いて、そっと回復の魔法をかけた。
大したことのない傷といっていたが、どれも傷跡が残りそうな傷だった。
(女の子の身体に傷なんて…せっかく、こんなに綺麗なのに…)
陽の光を受けてキラキラと輝く髪。きっと手入れなんてしていないだろう。
それでも、十分ティルトには美しいと映った。
「…ん」
「おはよう、リーフ」
「ティ…!」
目覚めると、ティルトがいた。
寝顔を見られた事が何やらショックで、リーフは柄にもなく赤くなった。
それでも、すぐに落ち着きを取り戻すと、当初の目的を思い出した。
ティルトに自分の荷物を取ってきてもらっていたのだ。
そのティルトは何故か、それも結構な量の(旅をするには十分な)荷物を持って
そこに立っていた…。
「ティルト…荷物は…」
「ちゃんと持って来たよ。これでしょ?」
そう言って手渡す。リーフの荷物は小さめの背負い袋一つだった。
「あぁ、これだ。ところで、その大層な荷物はなんだ?
くれるというなら気持ちだけで十分だ。こんな量を抱えては旅にならん」
「それは大丈夫。これは俺の荷物だから!」
「…はっ?」
にっこりと笑うティルト。思考の停止するリーフ。
「俺も一緒に行くんだよ、リーフ」
「何を…?お前、もう復讐する相手はいなくなったんだ。だったら、神官に戻って…」
「チッチッチ!違うんだな。俺がなりたかったのは、そもそも神官じゃないって事に
気が付いたんだよ。だから、剣は捨てない。それに…守りたいものができたんだ」
「だったら尚更、俺なんかに関わるな!」
「それは無理な話だよ。俺、リーフが魔族でも気にしないし…というより、
リーフはリーフだから、そういう括りではもう見れないし。
君は俺を助けてくれたから…今度は俺が君を助ける番!」
「俺もお前に助けられたと思うが…?」
「あれは、俺が勝手にした事でしょ?あれじゃ、助けになった内に入らないよ」
リーフは次から次に理由を思いつくティルトに半ば呆れて目を逸らした。
「…好きにすれば良い」
「そうこなくっちゃ!」
そう言うやいなや、ティルトは再びリーフの荷物を奪い取った。
「これ、俺が持つよ。荷物持ちは男の仕事だって昔から相場が決まってるんだよ」
「返せ!自分の荷物くらい自分で持てる!」
「ダメ!」
ティルトはリーフの荷物を頭の高さより上に持ち上げて返してくれない。
リーフは奪い返そうと必死でティルトの胸に片手を置き、もう一方の手を伸ばし…
実は、その格好はティルトにしがみついているのと同義だった。
「自分から抱き付いてくるなんて…リーフって大胆だね♪」
「―――っ!」
漸く事態に気付いたリーフは飛び退いた。
「お、おま…――ッ!」
赤くなって言葉を発せなくなったリーフに向かって、ティルトは笑顔でこういった。
「俺の守りたいものって、君の事なんだよ、リーフ…」
その後、街道沿いの宿場に辿り着くまで、
ティルトはリーフに口を利いてもらえなかった。
全てを犠牲にしてでも守りたいものがあるなら、人間はもっと強くなれる。
誰かの為に何かをしてあげたいと思ったら、人間はもっと優しくなれる。
君を愛する気持ちを言葉にするのは簡単だけど、形にするのは難しい。
だけど、温もりを伝える事はできるから。
傷ついて飛べなくても、僕の翼で君を護るから。
あの空のように、いつも君を見守っていく。
それが…
――――僕の選んだ『答え』。
「風のリュート」の第1章を元にして書いたのですが、随分脚色してますね。
…ってか!こっちの主役二人は1話目にしてラブラブやん!(こんなはずでは…)
ティルトは神官戦士じゃなくて、神聖魔法の使える剣士です。
魔法については勝手に作っちゃいました。
オリジナルでも登場するのは「ヒーリア」のみ。
これは「リュートとティリスの性別が逆だったら?」という僕の妄想から始まったものです。
ひそかに僕のオリジナルも合体してます。
「CHANGE THE WORLD」という作品の第1話もこんな感じだったのです。
そっちもいずれ書きたいです。